その朝、通勤電車に乗り込んだY氏は高熱に侵されていた。重要な取引が予定されて
おり、どうしても会社を休めなかったのだ。
何時もと同じ先頭車両は満員で息苦しい上に、ひどい頭痛と倦怠感が容赦なくY氏を
苦しめた。
ーもうこれ以上、立っていられない。どこかに空席はないかー
Y氏は車内を見回した。空席はどこにも見当たらないが、視線の先に何時もと同じ座
席に腰掛けている若者の姿があった。満員の車内でゆったりと、まるで指定席である
かの様に。
やがて苦痛に耐え切れなくなったY氏は若者に近付き、そして思わず声を掛けた。
「お兄さん、たまには席を譲ってもらえますか」
その声は、ガラス越しに見える運転士の耳には届かなかった。
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