2016年4月26日火曜日

第73話「マネキン」

洋服店を営むY氏は、明日の開店準備に忙しい。時刻は夜半過ぎ。Y氏は一人で店に

残り、数体のマネキンに洋服を施していた。そして最後の一体に花柄のワンピースを

着せた。

「今年の流行りになる」

マネキンに語りかけるY氏。

「嬉しいわ」

そんな声が聞こえた気もする。空耳だろう。

やがてY氏は眠くなり、店のソファーで深い眠りに入った。

そして朝を迎えた。

「すまないが、マネキンを配置してくれないか」

Y氏はそう言って、店員に配置図を手渡した。暫くして、店員が言った。

「マネキンが一体足りないのですが」

「まさか」

Y氏は陳列窓に目を向けた。

ーあれ、見覚えがあるなー

窓越しに通り過ぎて行く女は、花柄のワンピースに身を包み・・・。

2016年4月18日月曜日

第72話「記憶喪失」

ある男が、ドクターKを訪ねてやって来た。

「先生、私は十日前に頭を打ってから、それ以前の事が思い出せないのです」

「記憶喪失ですね。どこかの病院で治療はされましたか」

「はい、何件も病院を回りましたが、まだ記憶が戻りません」

「分かりました。では、簡単なショック療法を行いましょう」

ドクターKはそう言って体に用具を身に付け、男に治療の説明をした。

「では、始めてよろしいですね」

「お願いします」

すると、ドスンと鈍い音がした。

「どうします、このまま治療を続けますか」

「はい、続けて下さい。少し効いた気がします」

「分かりました」

男は歯を食いしばり、ドクターKはグローブをはめた拳を握りしめた。

2016年4月10日日曜日

第71話「美人妻」

Y氏はお世辞にもイケメンとは言えないが、何度も見合いを重ね、ようやく結婚をし

た。しかも妻は、とびきりの美人である。正に美女と野獣の組み合わせと言える。

ー長年、待った甲斐があったー

Y氏は妻の顔を見る度に、そう思うのである。

「子供は女の子が欲しいな」

Y氏は妻に将来を語った。

「どうして」

「女の子だと、きっとお前に似て美人になる」

「そうだと、いいわね」

そして一年後、待望の女の子が生まれた。

「お前とは似ていないな」

Y氏はそう言って、妻と子供を見比べている。

「そのうち、私に似てくるかも・・・」

やがて成長した娘は美人でも無く妻とも似ていなかった。

Y氏は不思議に思い、昔の妻のアルバムを、こっそりと覗き見した。

2016年4月3日日曜日

第70話「豚小屋」

朝の満員電車は豚小屋の様に息苦しい。

電車を降りて目にするホームの人波は、まるで豚の大群に見える。Y氏は豚の大移動

さながらの行列に混じり、ようやく改札を抜けた。

昼になると、食事処はどこも満員だ。カウンター席に押し込まれ、体を縮めて食事を

するY氏の姿は、餌にありついた豚を思わせる。

やがて終業時刻になり、Y氏は立ち飲み屋で安酒にありついた。店は客でひしめき合

い、まるで豚の酔い処にでもいる気分だ。

最終電車でY氏が自宅に戻ると、無断の外飲みに腹を立てた嫁は玄関を開けてくれな

い。Y氏は仕方なく猫の額ほどの庭で横になった。

「俺は豚じゃない」

Y氏は呟いた。そこは満員の豚小屋を思えば、甚だ快適なのかもしれない。

2016年4月2日土曜日

第69話「一攫千金」

「馬場さん、儲かっているかい」

競馬新聞を見ている同僚に、Y氏が声を掛けた。

「さっぱりだよ」

馬場は冴えない表情で答えた。

「馬場さん、博打は当てに行くから当たらない。そうだろう」

「じゃあ、何か他に一攫千金の良い方法があるのかい」

「勿論さ。大きな声では言えないけど・・・」

数日後、馬場が交通事故で死んだ。幼い子供と妻を残して。

Y氏は複雑な気持ちで、数日前に交わした馬場との会話を思い出した。

「馬場さん、当て物は当てに行くから当たらない。だったら、自分から当たりに行け

ばいい」

Y氏は馬場に、確かにそう言った。何か後ろめたい気もする。しかし付け加えて、こ

うも言っておいたのだ。

「但し、上手く当たる事が大前提だ」

2016年4月1日金曜日

第68話「コンビニ戦争」

ーこのままでは、店が潰れてしまうー

コンビニ店を個人経営しているY氏は、ひどく頭を悩ませていた。最近、周りに数件

のコンビニが開店したお陰で、客が激減しているのだ。

ー何か、良い方法はないか・・・-

Y氏は思案を重ねた。客を呼び込むには、他店には無い斬新な試みが必要である。

ーよし、あの手を使おうー

Y氏は一案を思い付き、店員を一新し、制服も新しく仕立て直した。

そして一か月後、店は大いに売り上げを伸ばした。

「いらっしゃいませ」

女店員の声が響き、そこへ鼻の下を伸ばした男性客が次々とやって来る。

ー上手くいったー

Y氏は、ご満悦である。何しろ、ここは目で楽しめるコンビニなのだ。店員は皆、ミ

ニスカートの女性である。