2016年11月25日金曜日

第103話「身の上話」

Y氏の携帯に女から連絡が入った。

「ねえ、私ともう一度だけ会ってくれないかしら」

Y氏は先日、女と別れたばかりである。二股をかけられたY氏の方が女に愛想を尽かしたの

だ。

「お前とやり直す気はないが、会うだけならいいだろう」

どうやら女はY氏に未練があるらしい。Y氏は女の要求を呑んだ。

そして数日後...

「やっぱり、私にはあなたが必要だわ。だから、もう一度やり直して欲しいの。実は私...」

女が涙ながらに辛い身の上話を始めると、Y氏は同情の顔色を浮かべて女の話に聞き入っ

た。

「話は、それで終わりか」

「ええ、そうよ。ごめんなさい、つい気持ちが高ぶってしまって...」

「それにしても、よくできた作り話だな」

2016年11月18日金曜日

第102話「郵便物」

郵便局の窓口に、二通の封筒を手にした客がやって来た。

「これ、各駅でお願いします」

客はそう言って、一つの封筒を局員に差し出した。

「各駅ですか。各駅...、普通便という事でしょうか?」

局員は戸惑いながら客の意向を確認する。

「そういう事です。出発進行!」

客はそう言って、車掌の真似をしてみせた。

「かしこまりました」

次に客は二つ目の封筒を取り出し、そして局員にこう言った。

「こちらは、特急でお願いします」

「特急...、速達便という事ですね」

「その通りです。出発進行!」

客は又しても車掌の真似をする。

その様子を見兼ねた母親が、局員に申し訳なさそうに言った。

「すみません。この子は大の電車好きなものですから...」

2016年11月11日金曜日

第101話「消したい記憶」

―あんな記憶は、真っ白に消し去ってしまいたい―

Y氏を苦しめる悪夢の様な記憶。

三年前、Y氏の自宅が全焼した。焼け跡からは、見るも無残に変わり果てた妻と子供が発見

された。その光景はY氏の脳裏に深く刻み込まれ、未だに消える事はない。

以来、Y氏は深い悲しみの縁から抜け出せないでいるのだ。

そんなある日、Y氏は何時もの様に暗い表情ををして公園のベンチに腰掛けていた。目の前

では見知らぬ女と子供が楽しそうに戯れている。

すると突然、女はY氏に声を掛けた。

「何か悲しい事でもあったのですか」

「実は、三年前に妻と子供を亡くし...」

「消し去りたい記憶ですね」

「はい」

女は珍しい消しゴムを取り出し、Y氏の額をこすり始めた。

2016年11月4日金曜日

第100話「スルメ男」

―俺は結婚できるだろうか―

Y氏は物思いに耽りながら、好物のスルメを酒の肴にビールをグイッと飲み干した。

Y氏は今年で四十歳になる。真面目で誠実、見た目も悪くないのだが未だに独身なのだ。結

婚するには十分に値する男なのだが...

Y氏は友人から、こう告げられた事がある。

「お前は奥深くて掴み所の無い人間だから、理解するには骨が折れる。それが結婚相手の見

付からない理由さ。早い話が、お前はスルメ男だよ」

そんな話を思い出しながら、Y氏はスルメをつまんで口に入れた。

―スルメ男とは上手く言ったものだ―

やけに感心しながら、Y氏はスルメをじっくりと噛みしめる。

スルメは口の中で、噛めば噛むほどに味わいを増し...