2016年6月24日金曜日

第81話「愛の貸借契約」

Y氏は最近、原因不明の孤独を感じる事がある。年齢に伴う更年期障害の一つかと

思ってもみたが定かではない。そこでY氏は、ドクターKに相談を持ち掛けた。

「先生、最近、私は原因不明の孤独に襲われるのです」

「あなたの年齢と家族構成は」

「四十歳で独身です」

「なるはど。実は金銭と同じ様に、愛にも貸借契約があるのです。つまり、あなたが

親から貰った愛情は、あなたの子供に返済する義務があるという事です。しかし、あ

なたは今、契約に違反をしています。それが孤独の原因です」

「では、すぐに結婚して子供を作ります」

「でしたら、私がその手筈を整えましょう」

妙に手回しが良い。ドクターKには、結婚相談所のオーナーという別の顔がある。

2016年6月17日金曜日

第80話「風鈴売りの老人」

夏の昼下がり、Y氏は散歩へと出掛けた。

ー俺は不運な男だー

Y氏が肩を落として歩いていると、道端で風鈴を売る露店商を見付けた。

「今時、珍しいですね」

Y氏が店主の老人に声を掛ける。

「はい、昔はお買い求めになる方も多かったのですが。今の人たちは、風情に耳を傾

ける心のゆとりを無くしたのでしょうね」

「私には、心のゆとりなど・・・。実は最近、リストラされたのです」

「良い機会かもしれませんよ。夢を実現させるには」

「夢、ですか・・・」

「よかったら、一つ差し上げます」

Y氏は風鈴を受け取った。風鈴に吊るされた短冊に力強く書き記された文字。

”僕は将来、ラーメン屋になりたい”

子供の頃、Y氏は同じ夢を記した記憶がある。

2016年6月10日金曜日

第79話「命の恩人」

ーこの家にしようー

空き巣の常習犯であるY氏は、今日の狙いを定めた。人気が無いのを確かめ、いとも

簡単に玄関の鍵をこじ開けると、中に侵入して一部屋ずつ物色を始める。

そしてリビングの扉を開けた時、Y氏は思わず声を上げた。

「あっ」

目の前で老人が倒れている。声を掛けたが反応が無い。Y氏が救急車を呼ぶと、直ぐ

に隊員が到着した。

そこへ偶然に、住人の老婆が帰宅をする。

「人が倒れていたので、僕が救急車を呼びました」

「あなたは命の恩人です」

老婆は泣いて喜んだ。

すると今度は、騒ぎに気付いた警察官がやって来た。警察官はY氏から事情を聞く

と、最後にこんな質問をした。

「所で、あなたは誰ですか?ここで何をしていたのですか?」

2016年6月3日金曜日

第78話「老後の人生」

Y氏は三十歳で結婚した。マイホームを購入し、やがて二人の子供を持った。

「定年まで、しっかり働いてよ」

嫁は口癖の様に言う。

「分かっている」

覚悟を決め、そう答えるY氏。

朝から晩まで身を粉にして働き、ようやく得られる必要最低限の糧。自分の人生を犠

牲にし、会社と家を往復するだけの毎日。

ー老後は、バラ色の人生が待っているー

Y氏は自分にそう言い聞かせ、仕事漬けの日々に耐え続けた。

そして遂に、Y氏は定年退職の日を迎えた。

ーこれからは、退職金と年金で楽しくいきるぞ!ー

Y氏は意気揚々と散歩に出掛けた。所が、不運にも途中で車に轢かれ・・・。

ー老後など無かったのだー

死に際で気付いた大きな誤算。人生は二度と戻らない。