ある出勤前の朝、Y氏が玄関先で革靴を履くと、足先に違和感を覚えた。昨日の雨
で、履き古した靴の底から雨水が染み込んでいたのだ。乾かしている時間は無い。
ーそうだー
Y氏が思い出して押し入れを開けると、埃を被った靴箱があった。もう何年も昔に、
Y氏の就職祝いに母が買ってくれた革靴である。随分と履き古したが、今日だけの代
用なら事足りる。
蓋を開けて靴を取り出してみると、指先に革の弛んだ感触が伝わり、表面には見覚え
のない何本ものシワが刻まれていた。履き慣らした当時とは随分と様変わりをしてい
る。
Y氏は、まるで二重写しの様に、暫く見ていない年老いた母の顔を思い浮かべた。
―母に会おうー
Y氏は、そう思った。
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