2016年8月12日金曜日

第88話「代弁」

Y氏の先輩に谷木という男がいる。谷木の楽しみは酒と博打、そして同僚の悪口を吹

聴する事だ。全く、しがないオヤジの悲しき末路と言えよう。

「谷木のオヤジ、早く定年退職しないかな」

同僚たちは口々に言った。

そんなある日、天の制裁が下る。谷木が咽頭癌で余命宣告を受け、自宅療養を始めた

のだ。Y氏は内心で喜びつつ、社交辞令で谷木の見舞に訪れた。

「早く元気になってくれればと...」

Y氏が声を掛ける。声の出ない谷木はアー、ウーと唸るばかり。

すると突然、脇にいた飼い犬がY氏に激しく吠え立てた。谷木は狼狽するY氏を眺め

ながら、何やら満足気でもある。

Y氏には、飼い犬の吠え声が何故かこう聞こえた。

「おい、心にも無い事を言うな」

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