「お母さん、今日はいい天気ね」
K子が優しく声を掛ける。小春日和の下で、K子は車椅子を押しながら桜の並木通りを歩いて
いた。
母は余命半年の宣告を受けている。まだ四十八歳の若さだ。母はK子を出産して直ぐに離婚
し、女手一つでK子を育てた。そしてK子は一流企業に就職を果たした。
だが、ようやく母の肩の荷が下りた矢先に...。
ーずっと母のそばにいようー
母の余命宣告を聞き、K子は仕事を辞めて母の看病に専念した。それが最後の親孝行にも
なる。
「本当にいい天気」
母がそう言って空を見上げた時、いきなり乗用車が車椅子に突っ込み...。
「お母さん!」
母の死を悟ったK子。
ーいくら償ってもらえるかしらー
K子は薄ら笑いを浮かべながら、算盤をはじいた。
2016年9月2日金曜日
2016年8月26日金曜日
第90話「声」
その夜、Y氏と後輩は一台の車に乗って廃病院に到着した。二人は今日からこの場所で、見
張り役の警備を任されたのだ。
「先に君が入り口で見張りをしてくれないか。一時間経ったら交代しよう」
Y氏はそう言って車に残り、後輩は入り口に向かった。静寂の中で夜が深まって行く...。
やがて一時間が経ち、Y氏は車を降りて入り口へと向かった。
「交代の時間だ。何か異常はないか」
「はい、今のところは」
「先輩、それにしても気味が悪い場所ですね」
「確かに」
「ここで何かあったのですか」
「実は...、人がよく自殺している」
その時、二人はブルッと身震いし、そして自分たちの耳を疑った。
何処からともなく聞こえてきた第三者の叫び声...。
「早く見付けろよ」
張り役の警備を任されたのだ。
「先に君が入り口で見張りをしてくれないか。一時間経ったら交代しよう」
Y氏はそう言って車に残り、後輩は入り口に向かった。静寂の中で夜が深まって行く...。
やがて一時間が経ち、Y氏は車を降りて入り口へと向かった。
「交代の時間だ。何か異常はないか」
「はい、今のところは」
「先輩、それにしても気味が悪い場所ですね」
「確かに」
「ここで何かあったのですか」
「実は...、人がよく自殺している」
その時、二人はブルッと身震いし、そして自分たちの耳を疑った。
何処からともなく聞こえてきた第三者の叫び声...。
「早く見付けろよ」
2016年8月19日金曜日
第89話「女神」
警備員のY氏は、今日が某ビルディングでの最後の勤務だ。
Y氏には唯一の心残りがあった。Y氏と顔を合わせる度に、何時も感じの良い挨拶をするオフ
ィスレディがいる。せめて最後に一言をと思っているのだが...。
いつもの通りY氏がフロアーを巡回していると、偶然にも一人でエレベーターを待つ例のオフィ
スレディがいた。女神の粋な計らいであろう。
「私、今日が最後なのです」
Y氏が初めて声を掛けた。
「えっ、せめて連絡先だけでも教えていただけませんか」
思いがけない返答。人目に触れる前に、Y氏は急いでメモ帳に電話番号を記そうとした。しか
し途中でボールペンのインクが切れ...。その途端、満員のエレベーターが開いた。
ーとんだ悪戯だなー
Y氏は女神に失望した。
Y氏には唯一の心残りがあった。Y氏と顔を合わせる度に、何時も感じの良い挨拶をするオフ
ィスレディがいる。せめて最後に一言をと思っているのだが...。
いつもの通りY氏がフロアーを巡回していると、偶然にも一人でエレベーターを待つ例のオフィ
スレディがいた。女神の粋な計らいであろう。
「私、今日が最後なのです」
Y氏が初めて声を掛けた。
「えっ、せめて連絡先だけでも教えていただけませんか」
思いがけない返答。人目に触れる前に、Y氏は急いでメモ帳に電話番号を記そうとした。しか
し途中でボールペンのインクが切れ...。その途端、満員のエレベーターが開いた。
ーとんだ悪戯だなー
Y氏は女神に失望した。
2016年8月12日金曜日
第88話「代弁」
Y氏の先輩に谷木という男がいる。谷木の楽しみは酒と博打、そして同僚の悪口を吹
聴する事だ。全く、しがないオヤジの悲しき末路と言えよう。
「谷木のオヤジ、早く定年退職しないかな」
同僚たちは口々に言った。
そんなある日、天の制裁が下る。谷木が咽頭癌で余命宣告を受け、自宅療養を始めた
のだ。Y氏は内心で喜びつつ、社交辞令で谷木の見舞に訪れた。
「早く元気になってくれればと...」
Y氏が声を掛ける。声の出ない谷木はアー、ウーと唸るばかり。
すると突然、脇にいた飼い犬がY氏に激しく吠え立てた。谷木は狼狽するY氏を眺め
ながら、何やら満足気でもある。
Y氏には、飼い犬の吠え声が何故かこう聞こえた。
「おい、心にも無い事を言うな」
聴する事だ。全く、しがないオヤジの悲しき末路と言えよう。
「谷木のオヤジ、早く定年退職しないかな」
同僚たちは口々に言った。
そんなある日、天の制裁が下る。谷木が咽頭癌で余命宣告を受け、自宅療養を始めた
のだ。Y氏は内心で喜びつつ、社交辞令で谷木の見舞に訪れた。
「早く元気になってくれればと...」
Y氏が声を掛ける。声の出ない谷木はアー、ウーと唸るばかり。
すると突然、脇にいた飼い犬がY氏に激しく吠え立てた。谷木は狼狽するY氏を眺め
ながら、何やら満足気でもある。
Y氏には、飼い犬の吠え声が何故かこう聞こえた。
「おい、心にも無い事を言うな」
2016年8月5日金曜日
第87話「革靴」
ある出勤前の朝、Y氏が玄関先で革靴を履くと、足先に違和感を覚えた。昨日の雨
で、履き古した靴の底から雨水が染み込んでいたのだ。乾かしている時間は無い。
ーそうだー
Y氏が思い出して押し入れを開けると、埃を被った靴箱があった。もう何年も昔に、
Y氏の就職祝いに母が買ってくれた革靴である。随分と履き古したが、今日だけの代
用なら事足りる。
蓋を開けて靴を取り出してみると、指先に革の弛んだ感触が伝わり、表面には見覚え
のない何本ものシワが刻まれていた。履き慣らした当時とは随分と様変わりをしてい
る。
Y氏は、まるで二重写しの様に、暫く見ていない年老いた母の顔を思い浮かべた。
―母に会おうー
Y氏は、そう思った。
で、履き古した靴の底から雨水が染み込んでいたのだ。乾かしている時間は無い。
ーそうだー
Y氏が思い出して押し入れを開けると、埃を被った靴箱があった。もう何年も昔に、
Y氏の就職祝いに母が買ってくれた革靴である。随分と履き古したが、今日だけの代
用なら事足りる。
蓋を開けて靴を取り出してみると、指先に革の弛んだ感触が伝わり、表面には見覚え
のない何本ものシワが刻まれていた。履き慣らした当時とは随分と様変わりをしてい
る。
Y氏は、まるで二重写しの様に、暫く見ていない年老いた母の顔を思い浮かべた。
―母に会おうー
Y氏は、そう思った。
2016年7月29日金曜日
第86話「360度」
”この教材で、あなたの人生が360度変わります”
そんな広告を目にしたY氏は、さっそく妻に相談した。
「俺は成功して人生を変えたい」
「あなたが、そこまで言うのなら」
妻が給料の3か月分を工面し、Y氏は教材を購入した。
ーこれで俺の人生が360度変わるー
Y氏は熱心に教材に取り組んだ。しかし、人生は何も変わらなかった。
そんなある日、宿題で頭を抱える息子にY氏が声を掛けた。
「何か分からないのか」
「パパ、この問題が解けなくて」
「どれどれ...、時計の秒針は5秒で30度進みます。では1分後に秒針はどこに移動
しますか?なんだ、簡単じゃないか。1分たてば360度回って同じ場所だよ」
「何も変わらないって事だね、パパ」
そんな広告を目にしたY氏は、さっそく妻に相談した。
「俺は成功して人生を変えたい」
「あなたが、そこまで言うのなら」
妻が給料の3か月分を工面し、Y氏は教材を購入した。
ーこれで俺の人生が360度変わるー
Y氏は熱心に教材に取り組んだ。しかし、人生は何も変わらなかった。
そんなある日、宿題で頭を抱える息子にY氏が声を掛けた。
「何か分からないのか」
「パパ、この問題が解けなくて」
「どれどれ...、時計の秒針は5秒で30度進みます。では1分後に秒針はどこに移動
しますか?なんだ、簡単じゃないか。1分たてば360度回って同じ場所だよ」
「何も変わらないって事だね、パパ」
2016年7月22日金曜日
第85話「ある殉職」
その朝、ヒロシの携帯が鳴った。
「母さんだよ、元気かい」
「元気だよ。もう仕事に行かなきゃ」
珍しい母からの電話。短い会話の後、ヒロシはマンション建設の現場に向かった。
新人警備員のヒロシは、クレーンの積み荷の下で安全管理を行っている。その日は風
が強い。ヒロシが見上げると、吊り荷がひどく風を受けていた。
ー危ない、落ちてくるー
そう思った瞬間、バランスを崩した吊り荷の鉄骨がヒロシの頭上へと降り注いだ。ヒ
ロシの体は幾つにも切り刻まれ...。
「おい、大丈夫か」
作業員が駆け寄り、刻まれたヒロシの体が拾い集められ、そして復元された。変わり
果てたヒロシに発せられた、叫びにも似た声。
「直ぐに救急車が来る、諦めちゃ駄目だ!」
「母さんだよ、元気かい」
「元気だよ。もう仕事に行かなきゃ」
珍しい母からの電話。短い会話の後、ヒロシはマンション建設の現場に向かった。
新人警備員のヒロシは、クレーンの積み荷の下で安全管理を行っている。その日は風
が強い。ヒロシが見上げると、吊り荷がひどく風を受けていた。
ー危ない、落ちてくるー
そう思った瞬間、バランスを崩した吊り荷の鉄骨がヒロシの頭上へと降り注いだ。ヒ
ロシの体は幾つにも切り刻まれ...。
「おい、大丈夫か」
作業員が駆け寄り、刻まれたヒロシの体が拾い集められ、そして復元された。変わり
果てたヒロシに発せられた、叫びにも似た声。
「直ぐに救急車が来る、諦めちゃ駄目だ!」
登録:
投稿 (Atom)